退職金積立金100%の企業は3分の1 平成11年3月19日号 週刊ポスト

 

 退職金がもらえない。大リストラ時代の中、大手企業でもそんな事態が現実のものになっている。

 会社が積み立てているはずの退職金が、実は全く足りなかった。社員は会社が倒産してはじめてその現実に直面する。

 昨年4月にl300億円の負債を抱えて倒産、会社更生法を申請した大手靴メーカーの『アサヒコーポレーション』(本社,福岡県久留米市)は、倒産直後に企業年金(適格年金)を解散し、約21億円の積立金を2000人の社員に分配。さらに40歳以上を対象に768人の希望退職者を募り、大輻なリストラを進めながら会社再建に乗り出している。

 59歳の定年を目前に30年以上勤めた同社を退職することになった商品管理部門の管理職Aさんの場合、規定ではl400万円ほどあるはずだった退職金が半額以下に減らされた。

 アサヒコーポレーションのケースを「倒産したから起きた悲劇」と単純に片付けることはできない。東証1部上場の有力企業をはじめ、日本のほとんどの企業が一様に大幅な退職金積み立て不足に陥っている実態が次第に明らかになってきたからである。

 現在、企業年金制度の改革に取り粗んでいる経団連の経済本部が作成した『企業の退職給付に係る積立不足とその影響』と題する資料には重大な数字が並んでいた。

 企業の退職給付には2種類ある。退職時に一括して支払われる退職金と、分割方式である厚生年金基金や適格年金などの企業年金だ。これまでの日本の会計基準では、企業が積み立てている退職金や企業年金が、現時点で必要な額からどれだけ足りないかは公表されていない。経団連資料は、有カシンクタンク4社が試算した日本企業の積立金不足(退職金と企業年金の合計)をまとめたものである。

 では、サラリーマンの退職金はどのくらい足りないのか。

 まず野村総研は米国の会計基準で年金財政を公表している主要企業23社を対象に決算書を分析し、積み立て不足を3兆9300憶円と試算。さらに対象企業を資本金1億円以上の大企業(2万9000社)に広げた長銀総研の試算では45兆円の積み立て不足とみられており、日本企業全体で試算した大和総研の数字はなんと75兆8000億円の不足が生じているという内容である。

 最も厳しい見方をしているのが米国系証券会社ゴールドマン・サックス証券の分析だ。『津波警報』と題する同社のリポートでは、東証l部上場企業1332社(従業員数467万人)の積み立て不足は最低57兆円、最大80兆円に達すると分析し、次のように警鐘を鳴らしているのである。

 企業の退職金不足の問題がにわかにクローズアップされているのは、来年4月から企業会計碁準が大幅改正され、これまで隠されていた企業年金・退職金の積み立て不足の実態を決算上公表しなければならなくなるからだ。新基準では、退職金や企業年金など退職時に企業が支払うカネを「賃金の後払い」と定義し、社員全員分の退職給付債務の総額を引当金として積まなければならないと定めている。

 前述の積み立て不足の試算にたずさわった大手シンクタンクの年金担当アナリストはこう指摘する。

 「退職金の積み立て不足は今に始まったことではない。日本の経済界にはもともと退職金は人件費ではなく、長く勤務した社員への『論功報奨』という考え方が強く、決算上その支払い準備を十分に計上していなかった。

 しかし、退職金は会社にとって必要な費用であり、不足額はそのまま債務になる。企業の中で団塊の世代が高齢化する一方で、経営側はその下の世代の採用数を減らしてきたため、いずれ退職金をまかないきれなくなることを知りながら手をつけようとはしなかった。それが、来年度から導入される新会計基準で退職金・企業年金を必要額のl00%積まなければならないと決まって、不足額の巨額さに、あらためて腰を抜かしているわけです」

 上場企業のうち社員全員が自己都合退職した場合に必要な退職引当金をl00%積んでいるのはわずか3分の1にすぎず、半数の企業は40%しか引き当てていないからだ」

 経営側が、いずれ退職金不足に陥ることを知りながら放置してきたのはなぜなのか。「理由は、法人税法上、損金計上できるのが40%までとなっていたためだ。大蔵省は40%の退職金原資があれば、それを年8%で12年間運用すると満額になると想定していた。しかし、現在の低金利下では年8%の利回りは非現実的だろう。こうしてみると退職金の引き当ては充分とはいえない」

 アナリストが続ける。

 「現在の退職金制度は勤続年数が多いほど有利な累進計算方式がとられている。30歳の大卒男子の退職金は全産業平均で200万円に満たないが、40歳は約900万円、50歳ではl800万円と急に増える仕組みだ。心配なのは、リストラを進めるうえで、企業は退職金の支払い額を抑えるために、あまり退職金が大きくならない40歳代の中堅層を早目に勧奨退職させるといった事態が起きることだろう。

 そうした退職金制度のいびつな仕組みを改めないうちに会計制度だけを急いで国際基準に合わせることは、企業ばかりではなく、サラリーマンに重い負担を強いることになる。

 退職金は本来、給料の一部であり、それを会社側が積み立てて退職時に一括して払われるにすぎない。積立金不足は企業側がこれまで社員への支払い責任を怠ってきた結果に他ならない。

 『日本労働弁護団』の高木太郎弁護士は次のように語る。「給与や退職金などの労働債権は民法で一般債権より優先すると規定されており、たとえ会社が倒産しても保護されなければならない。が、現実は、会社が倒産すると債権者が押しかけて抵当権のついていない財産を早い者勝ちで取っている。また、最近では、経営が悪化した段階で会社の資産のほとんどに担保設定されて、給料や退職金に優先権があっても、倒産した段階では回収できる資産が残っていないというケースが多いようだ。会社に資産が残っていなければ、社員が会社から債権を回収することは難しい。サラリーマンは突如、表面化した巨額の退職金不足になす術もないということなのだろうか---。